Eileen Gray | E1027
南仏のコートダジュールに佇む白いヴィラ 「E1027」。この家は、アイルランド出身の女性建築家・デザイナーのアイリーン・グレイが設計し、パートナーのジャン・バドヴィッチに捧げた、愛溢れる贈り物である。「E1027」の名前は、アイリーン・グレイとジャン・バドヴィッチの名前からとっている。 E (Eileen)、10は JeanのJ(*これはアルファベットの文字列10番目にあたる) 、2はBadoviciのB、7はGrayのG。
グレイの仕事の美しさは、美的側面を建築物や家具に反映するだけなく、それを体現する人間の本能的な動作や生活のシナリオに添うように形を生み出す。主役はあくまでも「人」、「生活」を優先した無駄がなくシンプルな家具は、1920年代のフランス当時、アール・ヌーヴォーの影響で贅沢に着飾った室内装飾が主流の中では、驚くべきモダンな感覚であった。
E1027のダイニングルームに作られたテーブルのコルク製の天板は、食器の音で寝ている人を起こさないような配慮がされ、部屋のコーナーに設置した引き出しは使う人の手の動作に合わせて回転式にしている。海辺の家らしく、日除けにはヨットに使用するキャンバス地を使用し、電気のスイッチにはボートの操縦機を思わせるデザインが採用されている。ベッドサイドテーブルには、音楽愛好家を思わせる音符の形をしており、グレイのウィットに富んだセンスが、知的な秩序によって空間の随所に散りばめられている。
"家は住むための機械ではない。人間にとっての殻であり、延長であり、解放であり、精神的な発散である。外見上調和がとれているというだけではなく、全体としての構成、個々の作業がひとつにあわさって、もっとも深い意味でその建物を人間的にするのである"
ー アイリーン・グレイ
( アイリーン・グレイ, ピーター・アダムス著 )
グレイの型破りな美的センスの才能に嫉妬心を抱いたのが、20世紀を代表するフランスの建築家ル・コルビュジエである。コルビュジエ は「住宅は住むための機械である」という機械美学を提唱をしており、人の生活に重点を置くグレイの思想とは相反している。一度はE1027を優れた創造物と称賛したものの、プライドが高いゆえに、長年グレイの仕事を認めることはなかった。しかし、グレイがE1027を離れた後、最期まで移り住んでいたのが、ル・コルビュジエである。2人の関係性は、映画「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」を通して観ることができる。原題は「Gray Matters」というグレイの人生を描いたドキュメンタリーでグレイが生涯で制作した家具や洗練されたアパルトマンの空間、E1027も登場している。
E1027のエントランスには、ル・コルビュジエが描いたフレスコ画がある。モノトーンの空間を覆い隠すよう当時グレイ に無断でペインティングしたものが今でも残っている。
20世紀初頭の男性社会の中で、自身が信じる美を貫くことは並大抵なことはないだろう。E1027は、美しい風格の建築物だけでなく、心地よさ、知的な遊び心、ロマンティシズムにあふれている。時代の流行や既成概念に囚われことのない自由な思想で、細部まで誠実に考え抜かれた建築は、まさにアイリーン・グレイ自身をあらわにしている。
E1027 Roquebrune-Cap-Martin, France にて2022年7月撮影